【なぞなぞ】“人参”にあって“野菜”にないものとは?【成功を早める秘訣】

 

なぞなぞです。

 

タイトルにもある通り、

“人参”にあって“野菜”にないものとは何だと思いますか?

(あ、ちなみにこれは農業とは全く関係ありません。
どちらかと言うと“人生”の話)

 

「いやいやいや…人参も野菜やろがい」

って思いましたか?笑
ですから“なぞなぞ”なんです。

 

でもこれ、たかがなぞなぞと侮るなかれ、
実は僕たちが

“生きている間に”成功できるか・できないか

にかなり関わってくることなのですよ。

(理由は後で説明します)

 

もちろん“成功”の定義は人それぞれです。

世間的には「お金持ちになる」とか、
「異性にモテまくる」とかをイメージされるかもしれませんね。

だからもしかしたらあなたは今、
「興味ないね」って思ったかもしれません。

 

でもね、上記の成功のイメージってのは
きっと本質じゃないと思うんです。

「じゃあ成功って何?」

って聞かれたら、
つまるところそれは

「“なりたい自分”になる」

ってことなんじゃないでしょうか?

 

いわゆる“自己実現”ってやつ。

 

これだったら多くの人にとって、
そしてきっとあなたにとっても、
重要なことだと思えませんか?

 

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“成功”の定義について補足
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「お金持ちになる」
「異性にモテまくる」

これらは“自己実現”のひとつの形
あるいは手段に過ぎないんですよね。

「Be、Do、Have」で言えば“Have”

すなわち“Be(あり方)”や、
そこから生まれる“Do(やり方、行動)”
結果でしかない、ということです。

この辺りの話は

という記事も併せてご覧頂ければと思います。

(補足ここまで)

 

…というわけで、今日はあなたが
“なりたい自分”になるための重要な要素について
お話ししていきたいと思います。

 


“人参”にあって“野菜”にないものとは?


ヒントを出しましょう。

 

人参は英語でキャロット。
野菜は英語でベジタブル。

 

キャロット→カカロット
ベジタブル→ベジータ

 

つまり、冒頭のなぞなぞは

「悟空にあって、ベジータにないものは何でしょう?」

ということだったんだよ!

な、なんだってー! Ω ΩΩ

 

…はい、茶番はこれくらいにしないと
皆ブラウザを閉じちゃうと思うので、そろそろマジメに話します。

 

要するに、
「悟空にあって、ベジータにないものとは?」

と聞きたかったのです。
(ドラゴンボール知らない人は…何となく付いてきて)

 

お分かりになりますか?

 

 

 

ベジ「おい今“前髪”とかいったやつ。死にたいらしいな。」

 

 

 

それは師匠(メンター)の存在です。

 

注意:
ここからはネタバレを含むちょっとマニアックな
ドラゴンボールの話が出てきます。

読んでいない、あるいは興味ない人は

「出来るだけ早く“なりたい自分”になるには?」

という見出しがある箇所までスッ飛ばして下さい。

 


悟空の歴代メンターたち


孫悟空はドラゴンボールという物語の主人公で、
実は地球人ではなく戦闘民族サイヤ人という宇宙人です。

元々は下級戦士でありながら、
後にエリート戦士をも凌ぐ実力を身に付けていった天才ですね。

 

物語の初めにブルマという少女と出会う前は
単なる尻尾の生えた野生児でしたが、
やがて亀仙人の下で武芸に励むようになります。

悟空にとって最初のメンターです。

 

ここからあの山吹色の道着を着るようになるんですね。

そう、悟空のトレードマークとも言えるあの服は
実は亀仙流の道着なんです。

(あらためて言うほどの事でもないけど)

 

そして天下一武闘会やらレッドリボン軍との戦いやら
次の天下一武闘会やらがあって、

ピッコロ大魔王を倒した後はその息子(というか分身)
であるピッコロ(マジュニア)との戦いに備えて
今度は天界の神様の下で修行します。

悟空にとっての2番目のメンターですね。

 

その後の天下一武闘会にてピッコロに勝って優勝すると、
悟空の兄ラディッツが来襲するのですが、
この時の戦いで悟空は死んでしまいます。
(後にドラゴンボールで生き返ります)

そして、1年後にやってくるベジータとナッパを退けるため、
今度はあの世の蛇の道を通った先にいる界王様の下で修行することに。

ちなみに作中、界王様が悟空の最後のメンターです。

(悟空がセル戦で2度目の死を経た後も
あの世で界王様に修行をつけてもらっているシーンがありますね)

 


ベジータにメンターはいない


このように、悟空にはいかなる時も必ずメンターがいたのです。
(サイヤ人編以降はちょっと特殊で、後ほど解説)

 

さらに付け加えると、

フリーザ戦後、ナメック星から帰る途中に
ヤードラット星人に“瞬間移動”という技を、

セル戦にて死んでしまった後、あの世にて
メタモル星人に“フュージョン”という技を、

それぞれ教えてもらっています。

 

このように素直に「教えて」と頼めるところ
悟空の強さを作ってきたとは考えられないでしょうか?

 

一方、戦闘民族サイヤ人の王子で、生粋のエリート戦士、
そして悟空のライバルであるところのベジータはというと、

「独学+実戦」

で、ひたすら腕を磨き続けました。

 

彼も自他共に認める天才です。

登場初期こそ悟空たちのように“気”を感じて
相手の居場所を探ることや戦闘力をコントロールすることが出来ませんでしたが、
悟空たちとの戦いの中でそのコツを掴んで自分のものにしてしまったり、

戦闘におけるハッタリをかますなどの駆け引きが上手かったり…

あ、そうそう。
悟空の次に、しかも自分の力だけで
スーパーサイヤ人になってしまったというのも忘れちゃいけませんね。

 

こうしてみると、
彼の異常なまでのプライドの高さが
彼自身をここまで成長させたのは間違いない
と言えるでしょう。

スーパーサイヤ人になれた時も、
自分の強さの限界に気付いてしまい、
その事への怒りによって目覚めたくらいですから。

 

ですが彼は、僕が確認しうる限り、
誰かに教えを請うた事はありませんでした。

彼の異常なまでのプライドの高さが
それを許さなかったのかもしれませんね。

 


天才同士の競争・その勝敗の行方は?


ベジータが初めて地球に来襲した時は、
その実力は悟空より遥かに上でした。

しかし、悟空にはメンターである界王様直伝の
“界王拳”“元気玉”がありました。

 

これはどちらも悟空の
“本来の実力以上の力”を発揮できる技です。

ある意味、反則ですよね?笑
これらの技って。

 

特に元気玉

(界王拳についてはベジータの“大猿化”も
似たような効果を持っていますからね)

ベジータが開業資金を自力でコツコツ貯めている起業家だとしたら
悟空の元気玉はクラウドファンディングみたいなもんですよ。

 

まあ、もちろんそれも含めて実力なんですが…

ここで注目したいのは、
この界王拳元気玉といった技に見られる“視点”“考え方”って

悟空がひとりで頑張っていたら身に付いていただろうか?

って事なんですよ。

これって間違いなくメンターである界王様のおかげでしょう?

 

実際、それによってベジータは圧倒的な力の差を持ちながら、
瀕死状態まで追い詰められ、生命維持装置を着けながら引き返すことになります。
(一緒に戦った悟飯、クリリン、ヤジロベーの功績も大きいですが)

そして悟空はナメック星に着くまでの間に
宇宙船の中で修行をし、ベジータを超えます

 

その後は…

ライバルとしての存在感は示しつつも、
ベジータは結局最後まで悟空を超えることは出来ませんでした
(本人も認めていますね)。

 

ドラゴンボールという作中における2人の天才サイヤ人。

この2人の最終的な実力の優劣を決めたもの…
それはやはり「メンターの有無」だったように思うのです。

 


ドラゴンボールに学ぶ「守・破・離」


「ちょっと待って!ベジータ戦までは確かにメンターがいたけど、
 それ以降、悟空は誰にも稽古をつけてもらっていないはずだよ?」

「だったらベジータを超えたのは悟空だけの功績なんじゃない?」

というツッコミがありそうですね。笑

 

確かに悟空はナメック星編以降は自分の力だけで強くなっていきます。
(先も述べたように2度目の死後は別)

 

でもそれはいわゆる「守・破・離」で言うところの
「離」のフェーズまで辿り着いたというだけで、

“視点”“考え方”まで含めて、
悟空が
独り立ちできるまでのガイドをした
亀仙人神様界王様といったメンター達の存在は
大きかったんじゃないか、と思うわけです。

(もちろん悟空自身の意志や実力が素晴らしいのは
言うまでもありませんが)

 

それを象徴するかのように悟空の道着の
胸と背中に付いているマークは、
その成長とともに変化しています。

 

まずは「守」「破」のフェーズ。

①亀仙人の下で修行〜ラディッツ戦
「亀」マーク

 

②界王様の下で修行後〜ベジータ、ナッパ戦
「界」マーク(背中のみ。胸は「亀」のまま)

 

そしてここからが「離」のフェーズです。

③ナメック星編
「悟」マーク

実はこの道着は界王様が作ってくれたもの。

「界」でなく、悟空の「悟」にしたのは
「もう教えることは何もない」ということでしょうか。

 

さらに興味深いのがこれ以降、

④人造人間編〜
マーク自体がなくなります

 

さらに
⑤ブウ編から10年後(最終話近く)
山吹色の道着ですらなくなります
(亀仙流に入門する前に着ていたような紺色っぽい道着)

 

もはや流儀の別を超え
純粋な強さを追い求めるようになった
というようにも捉えられますね。

(まあ鳥山明先生がマークを描くのがめんどくさくなったから
という説もありますが笑)

 

いかがですか?
こうして変遷を見てみるとなかなか面白いでしょう?

 

そう言えば、何故か2番目のメンターである神様の
「神」マークだけは付かなかったみたいですね。

(というか「界」や「悟」のマークも
実は界王様が勝手に付けただけなんですが笑)

 

ちなみに同門であるクリリンやヤムチャは
最後まで「亀」マークです。

彼らはセル編以降、武闘家を引退しています。

どこまでも今の自分の実力範囲に留まることを良しとせず、
強さの道を極めていった悟空とはこれまた対照的ですね。

 


出来るだけ早く“なりたい自分”になるには?


メンターの存在意義とは何でしょうか?

 

それはひとえに“時間短縮”だと思うんです。

 

たとえば僕らは日本中どこでも行こうと思えばすぐ行けますよね?
それって“地図”があるからじゃないですか?

 

地図なしで行きたい場所に行こうと思ったら…
結構大変だと思いますよ。

そりゃいつかは辿り着けるかもしれませんが、多分
迷ったり引き返したりして恐ろしく時間を食いますよね。

 

メンターはいわば“地図”を示してくれる存在です。

 

もちろんね、回り道も決して無駄じゃないですよ。

 

でも日はいずれ暮れる時が来るのです。

人生にも終わりの時は必ずやってくるのです。

 

それまでにあなたが
行きたい場所に辿り着きたいなら…

すなわちあなたが“生きている間に”
なりたい自分になることを望むなら…

 

やはりその結果をすでに得ている人や、
その世界をよく知っている人に教わる
というのが賢い選択なんじゃないかなと思います。

 

最後までご覧頂き、ありがとうございます。

次回はこれを踏まえて
メンターを探す際に気を付けるべき事
についてお話ししたいと思います。

次回:
あなたが教えを請うべき相手、請うたらアカン相手

 

素敵なムカデライフを。

 

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