価値観と怪物と選挙【竜ヶ崎・自然農の会(2020.04.21,23)】

4/21(火)は竜ヶ崎・自然農の会…

…のオンラインお話会でした。
(もはや竜ヶ崎と関係ない件)

新型コロナウィルスの影響で
集まって作業するのは難しくても(※)

そもそもお喋りの時間が長い会なので
それだけはやろうかという事で。

とは言え放置はできないので
23(木)に世話だけしてきました。
(今回の写真はその時のもの)

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で、オンラインお話会の結果は…

実にカオスでした。笑

 

だいたいオンラインミーティングって
全員が話に参加できている事は稀ですよね。
(多分)

なので2〜3人くらいが会話している間、
他のメンバーはじっと画面の前に座って
聞いている事が多い…気がします。

 

でも今回は
会話に参加していないメンバーは
それぞれで好きな事をやっているというね。

何かを食べていたり、
洗濯や掃除をしていたり、
竹でカゴを編んでいたり…

何を隠そう、僕自身も
自分が参加していない時は
例のベンチを作っていました。

 

で、時々話を振られたら
「はいはい〜」と作業を止めて
会話するという。

実にいつもの竜ヶ崎の会っぽい雰囲気でした。笑

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さて、このフリーダムな空気が許される
竜ヶ崎・自然農の会に参加して
改めて現在の世の中の在り方を
見つめ直してみました。

 

特に我が日本の世情について。

「相互監視」「同調圧力」

これは日本の良いところでもあり、
悪いところでもあります。

もともとそういう傾向があったのが
新型コロナウィルス騒動によって
より強調されているように感じます。

 

それ自体が絶対的に良いか悪いか
一概には言えません。

 

ただ人間は一人一人が
異なる価値観を持っています

誰一人として同じ人間はいないのです。

ですから全員が同じ考えを持ち、
全員が同じ行動をとる、という事は
本来、不自然な事なのです。

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団結する事が必要な場面は
確かにあります。

ですが、本当のところ
“皆”や“お国”のために生きている人は
ただの一人もいないのです。

 

じゃあ、何のため?

 

…そうです。

誰もが“自分の価値観”
満たすために生きています。

 

健康、ビジネス、お金、
家族、社交、精神、学習…

いずれかの分野に属する
大切な物事に偏向的注意力
向けています。

 

SNSの投稿などを見てみれば
見事に各々の価値観が色濃く出ています。

 

コロナで変わった?

 

いえいえ。
“強調”されただけです。笑

その人の“個性”が、“才能”が、

そして“大切にしている事”が。

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団結の話に戻りましょう。

ある共通の目標に向かって
皆が協力しなければならない時、
どうするのが一番効率が良いのでしょうか?

 

僕個人的には、
一人一人が“自分の価値観を満たす事”を
諦めない事だと思います。

そしてそのために
“正しく智慧を働かせる事”だと
強く思います。

 

空気を読むのは悪い事ではありません。

でも自分を捨ててそれに従属する事は、
一時的にはまとまったように見えても、
やがて必ず破綻する時がきます。

 

捨てきれるわけがないからです。

 

だったらどうすれば
自分の価値観を満たしながら、
同時に関わる他者の価値観
満たす事が出来るのかを考える方が

総合的、長期的に見ても
効率が良いと思いませんか?

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もちろんこれは
口で言うほど簡単ではありません。

直接関わる人達との
コミュニケーションを改善するだけでは
どうしようもない規模感の物事
この世には存在するからです。

今回のコロナショックのように。

 

では僕ら一人一人が
自分の価値観を満たしながら
そういった怪物に対処するために
何が出来るでしょうか?

 

 

僕は現システムにおいては、

やはり
“選挙に参加する事”
が大切だと思います。

 

自身が立候補するにしろ、
任せたい人に投票するにしろ、

そこに参加する事すら、
大半の日本人は放棄しているのです。

 

特に今回の新型コロナでは
重篤化しにくいと言われているのに、
自粛要請によって職を失ったり
楽しみを奪われたりしている若者達

ただでさえ
人口に占める比率が少ないのに
選挙に参加しなさすぎです。

 

だからこうなっているんじゃないですかね?

 

別にお年寄りを切り捨てろと
言っているわけじゃないですよ?

僕にも2人の祖母をはじめ、
大切なお年寄りの方達はいますから。

 

ただ発症すれば重篤化しやすいけれど
(もちろん人にもよりますが)
比較的、財産的に余裕がある
お年寄りを守る事に特化した対策を、

僕らの世代までもが
コピペしたようになぞる事が
果たして総合的、長期的に見て
本当に有効なのかは甚だ疑問です。

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…でもね、考えてみて下さい。

そりゃそうなるに決まってるじゃないですか。

 

多くの若者は、選挙に参加しない事で
“自分の価値観を満たす事”
端から放棄しているんですから。

 

そもそも母数が多い上に、
若者よりも選挙に行くお年寄り寄りの
政策が打たれるのは当たり前でしょう?

政治家とは次の選挙にも当選する事を
見越して行動するものなのだから。

それが“彼らの価値観”なのだから。

 

ですからそれを否定せず
その上で自分の価値観を満たすために
智慧を働かせ、行動しなければならないのです。

 

その中のひとつが
“選挙に参加する事”です。

声を無視できないくらいに
そこに関わる事です。

 

多分、僕なんぞが言うまでもなく、
不条理に行き遭った若者達は
そう確信し始めているはずです。

だから今回のコロナショックで
おそらく色々変わります。

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繰り返しになりますが、
大事なのでもう一度言います。

捨てきれるわけがないんです。
自分の価値観を。

どれだけ周りの空気に従属するポーズをとっても。

 

だったらどうすれば
自分の価値観を満たしながら、
同時に関わる他者の価値観
満たす事が出来るのかを考える方が

総合的、長期的に見ても
効率が良いと思いませんか?

 

これは自分の価値観への
素晴らしき試練です。

 

大好きなゲームの
より難しいステージに挑戦するように
“偏向的注意力”を発揮して

一度きりの人生を
楽しみ尽くしてやろうではありませんか。