“時間”ってホントに誰にでも平等か?

 

最近、疑っている事。

「時間は誰にでも平等に与えられている」

ってやつ。

 

だって、
ひとつの事をマスターするのに
かかる時間も違えば、

疲れや落ち込みから
回復する時間も違うし、

そもそも寿命の長さも色々で、
興味をそそられたり、
力を発揮できたりする分野の
方向性も数も深さも
ぜーんぶ違うわけじゃないですか。

 

ならやっぱり時間の
使い方感じ方だって
それぞれ違うのが当たり前で、

その人が感じている時間が
その人にとってはすべて
なんじゃないかな?

 

もちろん、
社会を回していくための
ツールとしては
“時間”という概念は
便利だし必要不可欠だと
思いますが、

ある角度から見て
「時間の使い方が上手い or 下手」
っていうだけで

他人にマウントを取ったり
それをされて焦ったり
落ち込んだりするのって

…何つーか、
不毛じゃない?

 

もちろん時間の使い方が
上手い人から刺激を受けて

自分が
“自分を生きる上でのヒント”
を得られたり、

またそれによって
前より元気になれるんだったら
素晴らしい事だと思いますけどね。

 

何かのヒントになれば。

素敵なムカデライフを。

 

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